最近、夜が遅くて、目がしょぼしょぼしている
中井義也です。
昨日は、「地図の日」だったそうです。
1800(寛政12)年閏4月19日、伊能忠敬さんが蝦夷地の測量に出発した日
だそうです。
この話には、いろんな逸話があって、
黒船がやってきたとき、目的は、開港ともう一つあって、それは、
日本の測量だったそうです。
測量をしていたペリー提督は、意外な事実を発見して、
補給地である琉球へと艦隊を戻したのです。
実はこのときペリーは、シーボルトが出版した
「日本」という本を持っていたのですが、
その中に載っている日本人が作ったという地図の江戸湾が、
目の前で測量している江戸湾の測量結果と
同じだということに気づいたのです。
ペリー艦隊の測量機器と三点測量法は、
当時の西洋文明の最先端。
地図を作ること自体、高等数学と常に自分の位置を
把握する天体観測技術そして磁石は本来の北に対して狂うという磁極偏差、
つまり地球の自転軸に対する基本的な知識が必要で、
このように正確な地図を作れる国は、
世界の先進数ヶ国に限られていたはずだったのです。
ペリーは地図を作る必要がなくなったのと同時に、
日本の予想以上の技術レベルに驚き、
軽々しく砲火を浴びせることを控えて艦隊を戻したと推測されます。
この地図を作ったのが伊能忠敬。
彼は出生不明の捨て子で、千葉の漁師に育てられました。
そんな彼でも、小さい頃から手習いに通わせてもらい、
算盤が得意になって商家の丁稚から番頭、
そしてその家の養子に迎えられる大出世を果たしました。
彼の地図作りはこの商家を盛り立てて隠居になったのち、
江戸の和算塾で若い師匠に弟子入りして学んだ知識と縁が出発点になっているのです。
七十年後、明治政府がドイツ人技師の協力と二百人の測量隊を組織して
二十二年かけて作った地図とこの地図とが比較されましたが、
1000分の1でわずか0.16ミリの誤差しかありませんでした。
ペリー提督が驚いたのも、無理はなかったのです。
その最初の一歩が、昨日4月19日のことです。
伊能忠敬さんの一歩が日本を救った「最初の一歩」の日なのですね。
この話を聞いて、
「0と1の間と1と99の間の話」を思い出しました。
この話を聞いたのは、今から8年前。
社会人になって、なんとなく慣れていたころでした。
当時の私は、言葉通り、なんとなくだったのだと思います。
その時の上司に、0と1の間には、物事をスタートさせる偉大な1歩が
あるが、1から99は、スタートしてからの積み重ねだから、みんなが出来て
当たり前だ!!
まず、一歩を踏み出せ!!
といわれて、奮起したのでした。
今となっていい思いですが、この話が、ザ・バースデーという本に載っていて、
ご紹介しました。
最初の一歩を踏み出すのは、いろんな障害だったり、モチベーションだったり、
理由は、たくさんありますが、重いものです。
ただその一歩により、引いては、日本を救うことができる
くらいの力になる。
そう思えば、最初の一歩も踏み出しやすくなるかも知れません。
家づくりやリフォームをお考えの方も成功された方には、みんな最初の一歩が
ありました。
そのきっかけづくりのお役にたてればと思います。
http://www.toyo-ie.jp
最後は、こじつけPRです(*^_^*)
出典は、ザ・バースデーという本です。とても読みやすくて、いい本です。
もうすぐゴールデンウィークです。
ご予定決まりましたか?
うちは、妻にどこか連れてってと言われ、今、いろいろ探しています。
晴れたら138パークで、お散歩でもしようかなと思います。
地元大好きな中井義也でした。
今日もブログお読みいただいてありがとうございます。